性

旅の途中のイザベラ、まちがえて混浴のお風呂に入ってしまい、うしろから押されて戻れない

1878年(明治11)約6分で読めます

横長 16:9。アニメ調の挿絵(ラノベの挿絵くらいの描き込み)。絵の中に文字は入れない。明治11年(1878年)の夏、青森の山あいの温泉場にある、木造の古い湯殿の中。湯気が濃く立ちこめている。手前の主役は、イギリス人の女性旅行家(40代の大人の西洋人女性。茶色の髪をまとめ、つばの広い旅行帽、首までつまった上着と、くるぶしまである長いスカート。手に小さな手帳)。顔を真っ赤にして目をそらし、片手で顔の横をおおいながら、湯殿の中を早足で横切っている。彼女のうしろの入口の戸口には人が詰まっていて、うしろから押されて戻れない様子が分かるように描く。その横で、案内してきた車夫(人力車を引く日本人の男。はっぴに股引、日焼け)が、悪いことをしたとは少しも思っていない平気な顔で立っている。奥は仕切りが名ばかりの湯殿で、大きな湯船に日本人の大人の男女が左右に分かれて一緒につかっている(混浴)。誰も彼女を見て騒がず、礼儀正しく知らん顔。湯の中の人どうしが、深くお辞儀しながら手桶や手ぬぐいを手渡ししている。裸の人は肩から下を湯と湯気で隠す(乳首・性器は描かない。R15)。登場人物は全員はっきり大人。全体はドタバタのコメディの空気で、彼女の困り顔がいちばん目立つように。
AI で生成したイメージです。史料の場面をもとに描いた想像の絵で、当時の写真や絵ではありません。
黒石の近く・下中野の温泉場(青森)

物語この湯けむりの奥地に乱入を!

セリフと心の声はこのサイトの創作です。本当にあったことは、下の「このエピソードの説明」と出典にあります。

1878年の夏。

青森は黒石の近く、下中野という温泉場に、私はいた。

私はイザベラ・バード。日本の奥地を旅している外国人だ。

そう言うと勇ましく聞こえるけれど、ここへは歩いて来るしかなかった。

「ほう、なかなかにぎやかね」

通りは茶屋と宿屋ばかり。温泉に入りに来るお客でにぎわう町だ。

細長い窪地のふちに沿って町があり、その底にお風呂場が四つ並んでいる。

そのお風呂場へ、車夫がずんずん下りていく。

私は特に何も考えずについて行った。

これが間違いだった。


戸が開いた。

目の前に湯があった。

湯の中には、人がいた。

全員、裸だった。

「…………」

待って。ちょっと待ってほしい。

脱衣所とか、心の準備をする場所はないの? 戸を一枚開けたらもう湯船って、どういう造りなの?

落ち着いて状況を確認する。

四つのお風呂場の仕切りは名ばかりで、入口はたったの二つ。両端のお風呂場では女の人たちが大きな湯船に浸かっている。真ん中のお風呂場では、男と女が左右に分かれて、同じ湯に入っている。

なるほど、よくわかった。

わかったので帰りたい。

「引き返しましょう。ええ、今すぐに」

振り向こうとした瞬間、後ろからぐいぐい押された。

もう戻れない。

選べるのは一つだけ。

このままお風呂場の中を進んで、反対側から出ることだ。

言っておくけれど、これは私が望んだ乱入ではない。

誓って、まったく、これっぽっちも望んでいない。


で、肝心の湯の中の人たちはというと。

誰も騒がなかった。

外国人の女がいきなりお風呂場を横切っていくのに、みんな気にもとめていない。礼儀正しすぎる。

いや、少しは気にしてほしい。こちらは心臓が止まりそうなのだけど。

車夫はけろりとした顔をしていた。

悪いことをしたとは、少しも思っていない顔だ。

この国の人たち、肝が据わりすぎじゃないかしら。

ひとつ感心したこともある。

お風呂場の中でも、礼儀はほかの場所とまったく同じだった。手桶と手ぬぐいが、深いお辞儀といっしょに、手から手へ回されていく。裸でもお辞儀は省かない。そこは譲らないらしい。

それにしても、この光景はもう長くはもたないだろう。

政府は男女の混浴をやめさせようと、手を尽くしている。こういう奥地に届くのはずっと先だろうけれど、遅かれ早かれ必ず来る。


そういえば、もう一つおもしろい話を聞いた。

日本の共同浴場は、私の国でいうクラブや酒場のようなもので、世の中の意見はここで生まれるのだという。

それなのに、危ない話や反乱の相談にはならないらしい。

理由は単純だ。女の人がいるから。

裸の男たちが政治の話を始めても、隣に女の人が浸かっていれば、物騒な方向には進まない。

それって治安対策として、ものすごく優秀なのでは?


〜四半世紀後、とある書き手の場合〜

1904年。俺の書いた「男女混浴論」が、本にのって世に出た。

混浴はすばらしいものだ、やめさせるな、と訴える文章だ。

思い出すのは、前に黒田原温泉へ行ったときのことだ。栃木県の北のほう、那須野原という広い野原にある温泉だ。

前の年まで、そこは混浴だった。

それが、俺が行ったときには。

「……男湯と、女湯」

きっちり分けられていた。

気がつくと涙があふれていた。

いや、泣くだろう。泣かない方がどうかしている。

警察を受け持つ国の役所、内務省のやつらは、浴場の取締規則をうるさく言い立てて、海水浴場でさえ男と女の泳ぐ場所を分けろと命じたらしい。海だぞ、海。どこまで仕切るつもりなんだ。

しかもだ。考えてもみろ。男湯と女湯をきっちり分けてみろ。男湯の野郎どもは、すき間から女湯をのぞこうとするに決まってる。

わざわざ欲の火をあおってどうする。

風紀を乱しているのは混浴じゃない。お前らの取締規則のほうだ!

はっきり言っておく。

混浴は、この世でいちばんすばらしい風習だ。

温泉場で男と女が同じ湯船につかり、邪念もなく、楽しそうにしゃべっている。これ以上に美しい眺めがこの世にあるだろうか。いや、ない。

さらに言わせてもらおう。古代ギリシアの哲学者、プラトン先生はこう説いている。

結婚してから夫婦がもめないように、若い男と女は、相手を決める前におたがいの裸の体をじっくり見ておけ。そのために、年ごろの男女がみんな裸で踊る祭りを開け、と。

裸になって、体を見て、それから相手を選ぶ。いわば「裸のお見合い」だ。

さすがはプラトン先生。だが、そんな祭りを開ける国なんて、ふつうはない。言うのは簡単でも、やるのはまず無理だ。

ところが、わが国にはある。

祭りなんか開かなくても、毎日、男も女も裸で同じ湯につかっている場所が。

そう、混浴だ。

混浴こそ、裸のお見合いの場なのだ。混浴のない欧米では、どれだけ探しても手に入らない。

おい、そこ。冗談だと思っただろう。

半分は当たりだ。

このエピソードの説明

外国人の旅行家イザベラ・バードは、1878年の夏に東北を旅して、青森の下中野という温泉場に立ち寄りました。車夫について行くと、そこは男女が同じ湯に入る混浴のお風呂場。うしろから人に押されて引き返せず、イザベラはお風呂場の中を進んで、反対側から出るしかありませんでした。湯の中の人たちは礼儀正しく、外国人がまぎれこんできても気にとめなかったそうです。イザベラによると、このころ政府は混浴をやめさせようとしていて、その動きはいずれ田舎にも届くだろうということでした。

それから四半世紀あまりたった1904年、『續有美臭』という本が出ました。何でもかんでも茶化して論じる文章を集めた本で、うしろの広告には、前の巻のことを「糞も論じ味噌も論じ」と書いています。その中に、混浴に賛成する「男女混浴論」という文章がのっています。書き出しからして、世界でいちばんこっけいなのは内務省のやることだ、とふざけた調子です。

それによると、栃木県の北のほう、那須野原の黒田原温泉でも、混浴だった湯が男湯と女湯に分けられていました。警察を受け持つ国の役所の内務省は、浴場の取り締まりを厳しくして、海水浴場でさえ男女の泳ぐ場所を分けるよう命じていたそうです。作者はこれにかみついて、混浴を「天下最善の美俗」、つまりこの世でいちばんすばらしい風習だと持ち上げました。

ミニ講義条約改正

同じころ、政府は欧米の国々と対等になるために、条約改正の交渉を続けていました。欧米から取り入れた制度や文化で、人々の暮らしも大きく変わっていった時代です。

「男女混浴論」を書いた人は、混浴が禁止されていくのは、この欧米の考え方のせいだと見ていました。混浴を嫌うのは、欧米の習慣にかぶれた西洋かぶれの人たちだ、と怒っています。

この人に言わせると、欧米の人は毎日3回も肉を食べているので欲が強く、男も女も相手の肌を見ただけでムラムラしてしまうかもしれない。だから欧米で混浴を禁止するのは分かる。でも日本人はそういうことにあっさりしているので、わざわざ禁止する必要はない、というんです。

さらに、国が許可した女郎屋、今でいう風俗のお店から出た悪い事件は毎日のように新聞にのるのに、混浴から出た事件は一度ものったことがない、とも書いています。そして内務省に、欧米のつまらない考えにだまされて混浴を禁止するより、どんどんすすめなさい、と言っているんです。

出典 41件引用は原文と機械で照合済み
  • Isabella L. Bird, Unbeaten Tracks in Japan (1880), Letter XXXI, Kuroishi 原文
    Lower Nakano, which I could only reach on foot
  • 同上(手紙の日付。次の手紙の日付に年がある) 原文
    KUROISHI, _August_ 5.
  • 同上 Letter XXXII 原文
    HAKODATÉ, YEZO, August, 1878.
  • 同上 原文
    It consists mainly of tea-houses and _yadoyas_, and seemed rather gay.
  • 同上 原文
    It is built round the edge of an oblong depression, at the bottom of which the bath-houses stand, of which there are four, only nominally separated, and with but two entrances, which open directly upon the bathers.
  • 同上 原文
    in the centre ones women and men were bathing together, but at opposite sides, with wooden ledges to sit upon all round
  • 同上 原文
    I followed the _kuruma_-runner blindly to the baths, and when once in I had to go out at the other side, being pressed upon by people from behind
  • 同上 原文
    the bathers were too polite to take any notice of my most unwilling intrusion, and the _kuruma_-runner took me in without the slightest sense of impropriety in so doing
  • 同上 原文
    formal politeness prevailed in the bath-house as elsewhere, and that dippers and towels were handed from one to another with profound bows
  • 同上 原文
    the Government is doing its best to prevent promiscuous bathing; and, though the reform may travel slowly into these remote regions, it will doubtless arrive sooner or later
  • 同上 原文
    The public bath-house is said to be the place in which public opinion is formed, as it is with us in clubs and public-houses, and that the presence of women prevents any dangerous or seditious consequences
  • 『續有美臭』(1904)所収「男女混浴論」(本の68〜76ページ、OCR の p.40〜44) 原文
    我れ先年旅して那須野原なる黑田原溫泉塲に至る。その前き年に混浴なりしもの、既に嚴然相分れて男女その浴室を別にす
  • 同上 原文
    我が眼は爲に萬斛の涙あるに至れり
  • 同上 原文
    浴塲取締規則なるものの執行を喧しくし、切りに男女の混浴を制止し、其極遂に海水浴塲の如きにありてさへ
  • 同上 原文
    游泳域を異にすべきを嚴命せらるゝに至る
  • 同上 原文
    混浴や、實に是れ天地宇〓の一大美觀にして、天下最善の美俗たるなり
  • 同上 原文
    光風霽月を其胸にやどして邪念なく淫心なく、嬉々として談り悠々として樂む湯治塲混浴の光景
  • 同上 原文
    裸踊の行はるゝ節會を設け
  • 同上 原文
    裸體見合をなすの道、それ唯わが混浴にある乎
  • 同上 原文
    今の混浴を排するものは、歐米の慣習にカブレたる西洋心醉の說に悅ぶハイカラ輩なり
  • 同上 原文
    されど、この災を除かんとしてプレトーの言の如く裸踊を催さんとするは、いふべくして到底行はれ難きことなり
  • 同上 原文
    配偶者を撰み定むるに至らんため、裸踊の行はるゝ節會を設け
  • 『續有美臭』(1904)所収「男女混浴論」、OCR の p.42 原文
    浴室を嚴劃すれば、男湯の野郞共は、却て
  • 同上 原文
    隙間とより女湯を頸かんとする好奇心を超し、態々慾火を誘導せられて炎々たる焰あるに至る
  • 同上 原文
    混浴の風俗壞亂なるに非ず、浴塲取締規則の風俗壞亂なるを恐るゝなり
  • Wikipedia「那須野が原」 原文
    栃木県北部の那須地域にある広大な複合扇状地
  • Wikipedia「内務省 (日本)」 原文
    警察や地方行政など内政一般を所管した
  • Wikipedia「プラトン」 原文
    古代ギリシアの哲学者である
  • 『續有美臭』(1904)所収「男女混浴論」(本の68〜76ページ、OCR の p.40〜44) 原文
    三度々々獸肉鳥肉を食らひて、身に禽獸の慾性みち〓〓たる歐米人は、男女互にたゞ其膚を見るのみにして、それ或は淫心の勃々たるものあらん。これに混浴を禁ずるは固よりその處なるべしと雖ども
  • 同上 原文
    我が大和民族の如く甚だ淫事に淡泊にして毫も皮膚の色如きに動かさるゝことなき人種に向つて何ぞ特に混浴を嚴禁するの要あらんや
  • 同上 原文
    大日本政府內務省の公許せる女郞屋によりて生ぜる惡事害毒は、日として載せられざることなしと雖ども混浴より來れる惡弊醜聞の、遂に一たびだも揭げられしを見ず
  • 同上 原文
    大日本政府の內務省たるもの、いたづらに歐米の俗論に誤まられて、混浴嚴禁の令を布くの愚を學ばず、大に之れを奬勵せば
  • 『續有美臭』(1904)所収「男女混浴論」(本の68〜76ページ、OCR の p.40〜44) 原文
    結婚後に於ける或る障害を阻絕する一手段として、靑年男女互に赤裸々たる肉身を現はし以て相見え
  • 同上 原文
    年ごろの男女をして皆なこれに列せしめば
  • 同上 原文
    配偶撰擇者に裸體見合をなして身體の適不適を鑑別する好機を與へ
  • 同上 原文
    此の如きは混浴なき歐米の天地に於て、求めて能はざる好利便なり
  • 『續有美臭』奥付(OCR の p.107。明治37年=1904年) 原文
    治三十七年治三十七年
  • 同上 原文
    續有美臭奧付)正價金卅五錢
  • 『續有美臭』巻末の広告(前の巻『有美臭』の広告)、OCR の p.108 原文
    糞も論じ味噌も論じ又藝者も論じ細君も論ぜらる
  • 「男女混浴論」の書き出し、OCR の p.40 原文
    天下無比の最大ホコトン、世界有數の一大滑稽は、女郞屋を公許して賣淫營業を保護しながら
  • 同上 原文
    大日本帝國政府内務省の所置なり

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