女の人たちの借金は返さなくていい。その理由は「牛馬ニ異ナラス」
1872年(明治5)約3分で読めます

「牛馬ニ異ナラス人ヨリ牛馬ニ物ノ返辨ヲ求ムルノ理ナシ故ニ從來同上ノ娼妓藝妓ヘ借ス所ノ金銀並ニ賣掛滯金等ハ一切債ルヘカラサル事」原文: 明治5年10月9日 司法省達第22号
明治時代のはじめ、遊女や芸者として働く女の人たちは、年季奉公という約束でお店に雇われていました。
遊女は、お客さんの相手をして体を売る仕事です。今でいう風俗のお店の女の人です。
芸者は、宴会でお酌をして、歌や踊りを見せる仕事です。今でいうコンパニオンに近い仕事です。
年季奉公は、決まった年数のあいだ、お店に住みこみで働く約束です。お店は女の人を雇うとき、前借金というまとまったお金を先に渡していました。女の人は、このお金を働いて返し終わるまで、お店をやめられません。
1872年、明治政府はお触れを出しました。年季奉公という名前がついていても、中身は人の売り買いと同じだ、と政府は考えたんです。お触れは、年季奉公の女の人たちをみんな自由にしなさい、と命じました。お店がこの借金のことで裁判所に訴えても、もう取り上げてもらえません。
1週間後、裁判を受け持つ役所の司法省が、借金の扱いを決めました。お店が女の人を雇うときに渡した前借金は、盗んだお金と同じ扱いにする。文句を言ってきたお店は調べて、そのお金を全部取り上げる。
お店からしたら、たまったもんじゃないですよね。お金を渡して雇った女の人が、ある日いきなり自由になって、渡したお金は返ってきません。文句を言ったら、逆にお金を取り上げられてしまうんです。
司法省は、その理由まで書いていました。遊女や芸者は、人としての権利をなくした人たちで、牛や馬と同じだ。人が牛や馬に、貸したお金を返せと言えるわけがない。だから、これまで貸したお金もツケも、一切取り立ててはいけない、というんです。女の人たちを助けるための決まりなのに、その中で、女の人たちを牛や馬と呼んでいるんですよね。司法省のこの決まりは「牛馬切りほどき令」とも呼ばれます。
でも、自由になった女の人たちには、次の仕事が用意されていませんでした。それに、お触れは体を売ること自体は禁止していません。女の人が、自分で決めましたという形でもう一度お店と約束して戻っても、それを止める決まりはありませんでした。女の人たちの暮らしは、あまり変わらなかったそうです。
お店のほうは、「貸座敷」として届け出て生き残りました。貸座敷は、座敷、つまり部屋を貸すお店という意味です。今でいうと、ネットカフェに少し似ていますよね。お店は部屋を貸すだけ。女の人は自分の意思で、お店と個人的に契約している。そういう建前です。
1900年には国の規則で、娼妓、つまりこのころの遊女がお客さんを取っていいのは、役所が許した貸座敷の中だけと決まりました。
ミニ講義身分制度の廃止(四民平等)
同じころ、政府は江戸時代の身分の区別をなくして、人はみな同じだという建前を打ち出しました。それでも現実には差別が残った、と教科書にも書いてあります。
出典 20件引用は原文と機械で照合済み
- 明治5年10月2日 太政官布告第295号(法令全書) 原文
從來年期奉公等種々ノ名目ヲ以テ奉公住爲致其實賣買同樣ノ所業ニ至リ
- 同上 原文
娼妓藝妓等年季奉公人一切解放可致右ニ付テノ貸借訴訟總テ不取上候事
- 同上(日付) 原文
明治5年10月2日太政官布告第295号
- 明治5年10月9日 司法省達第22号(日付) 原文
明治5年10月9日司法省達第22号
- 同上 原文
娼妓藝妓等雇入ノ資本金ハ贓金ト看做ス故ニ右ヨリ苦情ヲ唱フル
- 同上 原文
取糺ノ上其金ノ全額ヲ可取揚事
- 同上 原文
人身ノ權利ヲ失フ
- 同上 原文
牛馬ニ異ナラス人ヨリ牛馬ニ物ノ返辨ヲ求ムルノ理ナシ故ニ從來同上ノ娼妓藝妓ヘ借ス所ノ金銀並ニ賣掛滯金等ハ一切債ルヘカラサル事
- 同上(但し書き) 原文
但シ本月二日以來ノ分ハ此限ニアラス
- 同上 原文
人ノ子女ヲ金談上ヨリ養女ノ名目ニ爲シ娼妓藝妓ノ所業ヲ爲サシムル
- 同上 原文
其實際上則チ人身賣買ニ付從前今後可及嚴重ノ所置事
- Wikisource の注記(別称) 原文
別称: '''牛馬切りほどき令'''
- Wikipedia「芸娼妓解放令」(2026-10-15 取得。『国史大辞典』などを出典とする) 原文
前借金で縛られた年季奉公人である遊女たちは妓楼から解放された
- Wikipedia「芸娼妓解放令」(2026-10-15 取得。『国史大辞典』などを出典とする) 原文
両令は売春そのものを禁止しておらず
- Wikipedia「芸娼妓解放令」(2026-10-15 取得。『国史大辞典』などを出典とする) 原文
元遊女たちの次の就職先が用意されてあったわけではない
- Wikipedia「芸娼妓解放令」(2026-10-15 取得。『国史大辞典』などを出典とする) 原文
女性がおかれた状態はあまり変わらなかったという
- Wikipedia「芸娼妓解放令」(2026-10-15 取得。『国史大辞典』などを出典とする) 原文
自由意思に基いて個人的に契約をして遊女に戻ったりすることに障害は無かった
- Wikipedia「芸娼妓解放令」(2026-10-15 取得。『国史大辞典』などを出典とする) 原文
貸座敷として届けた妓楼で自由意思に基いて個人的に契約をして遊女に戻ったりすることに障害は無かった
- 娼妓取締規則(明治33年内務省令第44号)第8条 原文
娼妓稼ハ官廳ノ許可シタル貸座敷内ニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス
- 同 公布日 原文
公布日:明治33年10月2日


